Monday, 30 May 2011

BoA3やってきた、五月祭いった

5/28(土)に、twitterで親しくさせていただいてます@rns_8i8さんがGMをされているブレカナのエピックキャンペーン第二話に参加させていただきました!
コンベンションではなく、普通に既存のサークルのセッションに混ぜていただくと言う経験が初めてで当日朝は大変どきどきだったのですが、とても素敵なメンバーの中で楽しくゲームができて幸せでした。
私はグラディウス=エフェクトス=ディアボルスの魔法剣士で、名目上にすぎませんがPC1をさせていただきました。名ばかりのPC1とはいえPC1、やはり緊張しました。
私が作ったデータが云々……みたいな話は追記にまわすことにしまして、他の方々のデータをジロジロ見てみたかったのですが、なんとなく戦闘の様子から「(いつものメンツより)ガチっぽいかもしれない」と思いました。roulingでも一部の人が前のめったデータ作るとおっかないダメージでるけど、なんだろう、今回お邪魔して思ったのが神支援作る人すごいなーって。(でも昔DX2ですごい支援するキャラ作った子がいたとか聞いた気がするけど、まあ私は見てないのでまあまあ)
そう、あととても大きな違いを感じたのが、ボスの戦い方。あるいは今回の敵が特殊だっただけかもしれませんが。防御系奇跡多すぎでしょうJK、と!うまく違いの感覚を言語化できるほどのゲーマーではないので説明できないのですが。

29(日)は五月祭に行ってきました。
基本的に友人とうろうろして回って、知ってるついったらーの展示を見に行って、コミアカぐるっと回ってmavさんの参加してたCD売り切れてるって知って愕然として、あとairでなぜかネット充したり。
雨だったので腕の本数足りなかったり、駅と門の間の人ごみが悪化してたり(水溜り回避で全体が遅くなるため)、座る場所が少なかったり、まあ色々ありましたが楽しかったです。
実際のところそれほどの数の展示みたわけじゃないので、おそらく祭という空間を親しい人と共有することが楽しかったのでしょう。友人に面白そうな本を何冊も借りたので読むのが楽しみな感じです。一回の外出で二重の楽しみを得たので割りとお得。

最近なんだかオフ充というか、ついったらーに生身で会う機会が以前より増えている気がするんですが、会う人会う人素敵で今のところいつも「よかったー!」となることばかりで幸せです。
Continue Reading

Saturday, 14 May 2011

性別について思うこと

読んで字のごとく、性別について思うこと。ここしばらく色々思ったことを書いてます。
個人的な話と、一般的(?)な話があるので、まず一般的な話から。

生物としての性別、(@alimusxさんの表現を借りるなら)
http://twitter.com/alimusx/status/69263888444690432
「ヒトのオスとメス」としての性別は、本当にとても不自由で不愉快なものだと思う。それを煩雑さのないシステムに作り変えようと思ってもSFな世界になってくれないと無理。
社会的な性別、いわゆるジェンダー、自分で決めることが多少は許されたほうは、これからいくらでも社会の体制次第で自由で快適なものにできると思う。

肉体と自己認識と周囲の認識が一致してる限り、それぞれの性別についてくるメリットやデメリットはセットだと思うし、もしかしたらバランスがとれているのかもしれないけれど、私の目には全くそう見えなくて、理不尽なシステムだと思ってしまう。
それぞれのいいトコどりをしたいだけの幼稚な感覚なのかもしれない。たぶん、そうだ。でも、私は納得できない。
よくある「俺の考えた最強の××」じゃあるまいし、わりとどうしようもないことだし、そういう感じのあたまおかしいSFでも書いてろカスが、という話だと思うけど、私は性別システムがこうだといいなーというぼんやりした夢がある。実現すべき目標じゃなくて、理想郷のイメージとしての夢。

まず選択可能であって欲しい。
12,13くらいまでは性別のない存在、まだ選択の時が来ていない子供でありたいし、それを過ぎたら自由意志で男性形と女性形のどちらかを選び、違和感があったら一度くらいは取り替えられるようにあってほしい。
生きていく上での負担がイーブンになってほしい、ファッション感覚で気軽に選べるように。(そうでないと、「~だなんて女性形マジ負け組み」となって偏る。別に偏ってもいいのかもしれないけど)
男性であること、女性であることとその人の生き方が結びつく必要がない世界であってほしい。
現在一般的とされてる男女が恋愛関係になって恋人になったり、結婚して夫婦になったり、そういった「特別とされる関係」に、どの組み合わせでも自由になれる社会だったらいい。(そもそも自分がどちらであるか自由に選べるのだし!)
子供を増やすためには女性が必ず10ヶ月も注意を払い続けて「割れ物注意」というような扱いをしなければいけなかったり、苦痛がともなうこととか、全部なくなればいい。そういう「腹を痛めて生んだ子供です」な生み方はしたいだけがすればいい。ヒトを生むのが親の腹でも試験管でもいい。

夢物語なのは知ってる、宇宙生命体と契約して因果律書き換えないとありえないのは知ってる。
そうだったらどんなによかったことか。
Continue Reading

Tuesday, 3 May 2011

ぼっちの効能

一昨日入学式があり、昨日からガイダンスが始まりました。早くも大学の空気に当てられてげろげろしてます(※比喩です)(※現実にはお腹痛くなった程度です)
知り合いが一切いないこともあり、(確か)半分近くが内部進学者の中で先輩も同輩もいない華麗なるぼっち生活を一日、朝から夕方まで堪能することになり、昨日はTLでも大荒れに荒れて複数人にリムーブされることになりました。
で、対する今日はそもそもキャンパスを徘徊する人間の絶対数が少ないこともあり、全くつらくないです。やったね。明日もみんな来なければいいのに。
で、昨日一日、小さい集団が乱立する大集団のまっただ中で完全なるぼっちをやってて思ったことをつらつら。
Continue Reading

Friday, 8 April 2011

私が死んだ夢

私の友達は魂と肉体の間の繋がりを断つ力と、その魂に形を与える力と、そして心を持ったインキュベーターだった。エネルギー回収のノルマなど構わず、人の形をとり、人間として暮らす、 余りに優しい生き物だった。
Continue Reading

Sunday, 20 March 2011

Tuesday, 15 March 2011

続・地震すごい

  • TOEIC中止になった
  • 春コミ中止になった
  • スーパーが地獄
    • トイペ消えた
    • コメとかパンとか消えた
    • 海苔ワカメ昆布消えた
    • 卵消えた
  • 輪番停電のグループが「多分これのはず」レベルでしか分からないから不便
  • 後期試験中止された
  • 後期試験中止された
  • 後期試験中止された
  • 後期試験中止された
  • 後期試験中止された
  • 後期試験中止された

「後期延期されてまどマギ見れないくらいかな~」とか言ってたらちょっとアレなことになってしまった。センター爆死してる不登校系の評定平均ゴミ人間には死刑宣告です。ハイ。
地震こわいね。

Friday, 11 March 2011

地震すごい

都民だからあんまり怖くない。テレビみて唖然とするくらいです。
後期試験が延期されたくらいしか多分影響ないです。
あとはまどマギが放送中止になったのと……。(※読んだことを元にネタバレしてます)
Continue Reading

Saturday, 5 March 2011

外見のイメージへの影響ってこわい

わざわざ書くほどのことでも無い気がしたんだけど、自分の中で明らかなひっかかりとして存在してるので一応はきだしておこう。

私は服装について考えることが嫌いだし、派手な服装の人を見ると「わたし!おしゃれしてるんですけど!ちょっとみてます?!」と服が語りかけてくるようでとても嫌だし、そういう意味ではとても差別的です。
自分の服の話をすると、

  • 派手な格好が嫌いだから自分は地味でありたい
  • 自分が女性らしく見られることは嫌
  • ぶっちゃけ服なんて機能的であり、上記を満たしてればそれ以上に金かける理由がない(その金で本を買おう!)

などと思う人間なので、その三つのバランスをとると結果的に黒ずくめに近い格好で街中をうろうろする羽目になる。ついでにいうと大変な無精者なので、もし男に生まれてたら髭も剃らなくて文字通りの不審者として職質の嵐を食らっていたんじゃないのかと思う。そんなどうでもいいところで女でよかったのかもなーと思わなくもないが、それは別の話。

外見ですよ外見。体型やら、生身の体にくっついてくる髪やら皮膚やらの性質は遺伝もあるわけですから、自分の意思でなんとかしようと思ってもどうしようもない部分もある。でも、その上に着る服って、もちろんサイズの制約やら、気候と生地の関係や、TPOに合わせた服装をしなければならないこともあるわけだし、まったく自由だとは口が裂けてもいえませんが、ある程度は自分の意思で選べるわけじゃない。

他人は、そういうところに出てくる好みから逆算して「こういう人なのだろう」って勝手に思う。チャラっとした人にはあまり知的であることを期待しないだろうし、ピシッとしたスーツを着た人は折り目正しい人だろうと期待する。細かいところだとメガネは真面目そうだよねーとか。髪染めてないっておとなしそうだよねーとか。

「勝手にイメージを作ってしまうのだ、おそろしい!」なんて思うのは、現に私も現実だと勝手に人のイメージをつくってしまうからに他ならないわけで、「派手な子=地味な人間を迫害する存在」と勝手に思い込んで、こっちからバリアを張って隠れてしまったりするから。ところが実際にどうしても隠れられない事態に陥って恐る恐る話してみたら案外悪い人じゃなかった…なんていうこともある。(もちろん、予想通り「ださーいきもーい」と嘲笑してくる存在であることもある)自分が差別されるのだと思って逆に差別している自覚はあります。別にいいじゃないの地味でもほっといてよ、っていうのはそのまま「別にいいじゃん派手でもほっといてよ」を認めないといけないのに、私はそこで「派手な人こわいんだよ!あっちいけ!」と思ってしまうのでこれはダメ。

「ネットは表情がないからイカンのだ」というようなことを書いてる文章を今日みかけて、「生身は相手のファッションに怯えることになるからイカンのだ」と私は思った。もちろんそれは、ネットで仲良くしてる人が、実は(私にとって天敵である)「攻撃的な派手さで自分を飾る人」である可能性もあるわけで、その時は「掌を返して距離を置く」なんていう情けない反応をしてしまう可能性も残念ながらあるのだけれど、同時に私の「派手な人は怖いから嫌い」という無意味な反射を緩和する要因になるかもしれないわけで。逆に生身ではとても好みの格好をしている人が、肉体を剥がれた言葉の塊になった途端に醜く思えてもうダメ、と思うことだって(多分)あるわけで。なにが言いたいのかよくわからなくなってきた。外見のイメージに引き摺られないネットは、苦手なタイプの人ともそうと知らずに交流できる可能性があるのでいいですねって言いたかったはず。

でまあ、こんなことを言い出した理由はDQ3の遊び人(男ならピエロ、女ならバニーガール)がLv20になると賢者に転職できること。「ピエロが化粧を剥がしたらクールでかっこいい賢者だった」はいいけど「バニーさんが賢者になります」は納得できないと思ったんだけど、なんでバニーさんダメって思うんだろうなあってぼんやり考えたのです。

追記

書いてから気付いたんだけど、結局「自身を無批判に肯定する人間」への憎悪のあたりに問題の根がありそう。

Friday, 4 March 2011

魔法少女まどか☆マギカを観て思ったこと

先週、とある国立大の前期試験を受けたんだけど、その時出題された現代文の文章が「「見る」と「読む」の違い」というような趣旨のもので、大雑把に要約してしまえば、

無意識な行為としての「見る」ことは動物と同じ「天敵から逃れるため」「食料を得るため」などの手段。意識的な思考活動としての「見る」ことは視覚体験で、近づけば細部が見えて、遠ざかれば全体が見えるようなもの。絵画を近くから、遠くから見ることなど。
それに対して「読む」ことは記号を認識することさえ出来ればいいので、近づこうが遠ざかろうが関係ない。記号は共通する文化に生まれるから、異文化交流で「読めない」記号に出会い、対話することで理解し、読めるようになる。
漫画やアニメは記号を「読む」もので、「見る」ものではない。

というような内容で、「ハァ何いってんの、映像と音の奔流としてアニメ楽しむことだって出来るでしょーが」とか思ったのですが、確かにまどマギは記号だよね、と思った。映像として楽しむこともできなくはないけど(綺麗だから)、上っ面のストーリーをなぞろうと思うだけでも細かいことが気になるようにできてる気がする。
魔女のデザインの細部に意味がこめられているっぽいこととかね。さやかがああなるまではあまり気にならなかったんだけど、魔女の背景を知っていると深読みしてしまう。
さやかが人魚であるのは「ああバッドエンドの人魚姫か」とあっさり分かったつもりになれたけど、車輪とばすのは未だによくわかってないし、他の魔女もどういう願いを持って魔法少女になって、何故魔女になって、どういうのろいを持っているのか、さっぱり分からない。
それを分かるために必要とされてる、基盤となる文化(?)の知識があるように感じる。

ちょっと話が戻るけど、「記号が共通する文化から生まれる」っていうのはあるなーと思う。
身近なものだと学校内でしか通じない略語。
欧米の文学作品はちょくちょく聖書を引用してくるのな、ということを某集中治療室を受験したときに思ったし、普段から気付いていないだけであちこちに潜んでいそう。(ところでPenguin classicsは注釈つけてくれるから異文化の人間にも読みやすくていいですね!)
それとか、アメリカの政治家はconstitutionとか昔の話を引用するの好きだよね。

まったく話がまとまらないけど連想が止まったので終わり。

Sunday, 20 June 2010

ゲームって人生じゃね?

午前三時頃のこと。
殆ど引きこもりのような生活をしているばかりに、中3の夏にカップ麺で火傷したトラウマを抱えながらもカップ麺やらインスタント食品に頼らざるを得ない自分が情けないのだけれど。
暑さ対策と称してよれよれの観光地Tシャツと短パンに身を包み、一日ほど古くなった新聞や未開封の郵便物を左手に、明かりを落とした食卓で静かに麺を頬張りながら、ぼんやりと今やっているゲームのパーティ編成をより合理的に組み替えられはしないかなどと考えていたら、タイトルのような考えが降ってきた。おい雑魚相手にhageないパーティのアイディア降って来いよ。
(しかし、そもそもtwitterのbio等に浪人と名乗っておきながら何故ゲームをしているのかと言う問題がある)
で、深夜だからと油断して頭の悪い、支離滅裂な文章を書こうとしていたはずが、WordPressのアップデートに手間取っているうちに、気がつけば外では鳥が囀り、階段の明り取りから光が差し込み、早朝と言われる時間帯に移ってしまったらしい。なんてこった。
そもそも深夜だから見る人が少ないだろうという発想が流速の衰えるタイムラインを前提としたものであって、フィードを購読されてしまう可能性があるブログだと全然あてにならない。何考えてんだコイツ。

わざとらしく脱線してみた。
で、タイトルに戻ろう。
ゲームって人生じゃね?について。
Continue Reading